おはようございます。
去る7月3日、1000円札・5000円札・諭吉 がそれぞれ新しい紙幣へと生まれ変わりました。
1000円→北里柴三郎
5000円→津田梅子
壱万イェン→渋沢栄一
紙幣に印刷される人物も変わっているので、1000円は漱石じゃないし1諭吉は1万円ではない。
1栄一。これからは1万円=1栄一になります
さて、新紙幣発行ということで
自分の財布の中身が変わる訳でもないのになぜわざわざ新紙幣にするのかってところなんですが、
なんかお金の管理してる人が
「...そろそろじゃね?飽きたっしょ?漱石飽きたっしょ?」
そんなノリで紙幣を新しくするなんていうはた迷惑な話かと思っていたんですが、
なんか偽札の偽造技術が年々上がってるらしくて、それに歯止めをかける為にすかしに高精度の細工をした紙幣を発行した、
そんな感じの話らしいです。
あとユニバーサルデザインの向上とかなんとか書いてあったけどそっちの話はどうでもいい。
まぁ知らない内にお釣りとかで偽札財布に入ってて、スーパーとかで使おうとしたらその場で通報されて理由もわからない内に逮捕だってなって
そんなん笑えませんからね。
大体20年に一回の頻度で発行してるらしいし、今回も一応ちゃんとした目的があって造られたって事だけは
抑えておくといいかもしれません。
『先生1000円札は!1000円札は夏目漱石のままじゃダメだったんですか!
どうしても北里柴三郎でなければならないのですか?!
先生の、私は先生の心が知りたいのです!!』
こんな感じの人がいたら窘(たしな)めてあげて下さい。
まぁ窘めても多分家まで付いてきます。
正直私は自分の財布の中身が変わる訳でもないのに『新紙幣めでたい!』みたいな感じで世間がなぜ賑わってるのかは分かりませんが、
世間が賑わってる時にそれに対してアンチを唱えるとすぐ叩かれて家特定されるので、
祝!新紙幣!!
ワレ歓喜!!(ノ◕ヮ◕)ノ
こん位書いておけば大丈夫でしょう。
全く、SNSの普及とかインターネットで情報の共有・拡散が出来るようになったのは良い使い方をすればこれ以上ない効果を得られると思うのですが
日本人特有の長いものに巻かれる集団心理とか同調圧力とか、
どうにもしょうもない話が多くて生きづらい世の中ですホント。
ダメな時はダメと声を大にして言う事は大切ですが
あまり必要以上に第三者が騒いだり、関係ない事で問題提起して小さな事も大事にしたり
気軽に冗談も言えないような空気感になっているので、メリハリというか
やっていい事・悪い事の線引きを自分の意思で明確に持つ事が大事なんじゃないかと思います。
それではまた